令和六年四月一日から、相続によって不動産を取得した方には、その名義を被相続人からご自身へと変更する登記、いわゆる相続登記を申請することが法律上の義務となりました。以前は相続登記をするかどうかは相続人の判断に委ねられており、「費用もかかるし、急ぐものでもないから」と、長年そのままにしておられる方も決して珍しくありませんでした。しかし現在は、正当な理由がないのに期限内に申請を怠ると、十万円以下の過料という不利益を受ける可能性があります。そして見落とされがちなのですが、この義務は、制度が始まる前に起きた相続、つまり何年も前にご両親が亡くなられ、その名義のまま放置されている土地や建物にも及びます。施行前からその不動産を相続で取得したことを知っていた場合の期限が令和九年三月三十一日であり、本稿を書いている令和八年十月の時点では、すでに残り半年を切っています。まずはご自身やご家族の名義になっていないままの不動産がないか、一度確認していただきたいというのが、私がこのコラムでお伝えしたい結論です。他方で、期限に間に合わないからといって直ちに過料をとられるというものでもなく、事情に応じた救済の仕組みも用意されています。不安を煽るような説明には距離を置き、落ち着いて手を打っていただければと思います。
具体的には、不動産登記法の改正により、相続によって不動産の所有権を取得した相続人は、自分のために相続が開始したことを知り、かつその不動産の所有権を取得したことを知った日から三年以内に、相続登記を申請しなければならないとされました(不動産登記法第七十六条の二第一項)。施行日である令和六年四月一日より前にすでに相続が起きていた場合には、所有権の取得を知った日と施行日のいずれか遅い日から三年以内が期限となります。要するに、施行前から取得を知っていた古い相続については令和九年三月三十一日までに登記をすればよいということになり、これが先ほど申し上げた期限です。施行後に初めて取得を知った場合は、その日から三年以内が期限となります。正当な理由なくこの義務を果たさないと、十万円以下の過料の対象となり得ます(同法第百六十四条第一項)。もっとも、この過料は、申請を怠ればただちに自動的に科されるというものではありません。実務上は、登記官が相当の期間を定めて申請を促し、それでもなお正当な理由なく申請されない場合に裁判所へ通知される、という運用となっています。相続人が極めて多数にのぼって戸籍の収集に時間がかかっている場合、遺言の有効性や遺産の範囲等が争われている場合、相続人が重い病気を患っている場合、経済的に困窮している場合など、事情によっては「正当な理由」があると認められることもあります。
この制度のもとで、まずしていただきたくないのは、「いつかやればよい」と考えて放置を続けることです。相続登記は、時間が経つほど手続きが重くなる性質を持っています。最初の相続の名義変更をしないうちに、次に相続人の方までお亡くなりになると、権利に関わる相続人の数がねずみ算式に増えていき、遺産分割の話し合いに加わっていただくべき方の数も、集めるべき戸籍の量も膨らんでいきます。面識のない遠い親戚の方に連絡をとらなければ話が進まない、という事態も現実に起こります。放置によって得をすることは、まずないと考えていただいてよいと思います。あわせて、「このままでは大変なことになる」と過度に不安を煽り、高額な費用を請求するような勧誘には、慎重になっていただきたいと思います。相続登記そのものは、事案によってはご自身で法務局に相談しながら進めることも可能な手続きです。
では、どのような手段をとればよいのか。基本となるのは、遺産分割の話し合いをまとめたうえで、その内容に沿って相続登記を申請することです。遺言がある場合にはそれに従い、ない場合には相続人全員で遺産分割協議を行ない、誰がその不動産を取得するかを決めて登記します。もっとも、話し合いがまとまるまでに時間がかかり、三年の期限に間に合いそうにない、という場合もあります。そうした事態に備えて新しく設けられたのが、相続人申告登記という簡易な手続きです(同法第七十六条の三)。これは、登記官に対して、その不動産の登記名義人について相続が開始したことと、自分がその相続人であることを申し出ることで、相続登記の申請義務を果たしたものとみなしてもらえる仕組みです。法定相続分の割合まで確定させる必要はなく、自分が相続人であると分かる戸籍謄本などを提出すれば足りるため、遺産分割がまとまっていない段階でも、ひとまず各自が単独で申し出ることができます。ただし、これはあくまで義務を暫定的に果たすための手続きであって、不動産の名義そのものを移す登記ではありません。したがって、相続人申告登記をしただけでは、その不動産を売却したり担保に入れたりすることはできません。後に遺産分割が成立したときは、その分割により不動産を取得した方は、成立の日から三年以内に、改めて正式な相続登記を申請する必要があります(同法第七十六条の三第四項)。
費用の点についても触れておきます。相続登記には、登録免許税として、原則、不動産の固定資産税評価額の一〇〇〇分の四(〇・四パーセント)がかかります。評価額が高い不動産ほど税額も大きくなりますが、相続により土地を取得した方が登記をしないうちに亡くなっていた場合や、評価額が一〇〇万円以下の土地の場合などには、一定の要件のもとで登録免許税の免税措置が設けられており、この免税措置の適用期限も令和九年三月三十一日までとされています。これに加えて、司法書士や弁護士に手続きを依頼する場合には、別途その報酬がかかります。報酬額は事案の複雑さや不動産の数によって幅がありますので、一概に申し上げることは難しいのですが、見積りを確認したうえでご依頼いただくのがよいと思います。相続人の間に争いがある場合や、長年放置されて相続人が多数にのぼる場合には、登記の前提となる遺産分割そのものに法的な調整が必要となることもあり、その際は弁護士がお力になれる場面もあります。
繰り返しになりますが、施行前から取得を知っている古い相続で名義変更をしていない不動産をお持ちの場合、令和九年三月三十一日という期限は刻々と近づいています。ご自身の代では問題がなくとも、放置は、お子さんやお孫さんの世代に負担を先送りすることにもつながります。何から手をつけてよいか分からないという場合でも、まずはお早めにご相談いただければと思います。
なお、相続に関連して、当事務所のコラムでは以下の記事も掲載しております。あわせてご参照いただければ幸いです。