ある日突然、契約している通信会社やプロバイダから、「発信者情報開示に係る意見照会書」と題する書面が届いた、どう対応すればよいのか、というご相談をお受けすることがあります。これは、あなたがインターネット上に書き込んだとされる投稿について、「名誉を傷つけられた」「権利を侵害された」とする人物から、あなたの氏名や住所などを開示してほしいという請求が、その通信会社等に対してなされたことを意味します。まず結論から申し上げますと、この書面を無視することはお勧めできません。他方で、請求されたからといって直ちに氏名等が相手に渡るわけではなく、また、仮に開示されたとしても、賠償の責任を負うかどうかはまた別の問題です。反論の余地がある場合も少なくありません。大切なのは、回答の期限が限られていますので、慌てて不利な対応をしてしまう前に、できるだけ早く見通しを立てることです。ここでは、意見照会書が届いた側が知っておくべきことを整理しておきたいと思います。
はじめに、この手続の仕組みを確認しておきます。インターネット上の投稿で権利を侵害されたとする人は、投稿をした人(発信者)を特定するために、サイトの運営者や通信会社に対して、発信者の氏名・住所・IPアドレスといった情報の開示を求めることができます。これを発信者情報開示請求といいます。そして、情報流通プラットフォーム対処法(令和七年四月に旧プロバイダ責任制限法を引き継いで施行された法律です)は、開示の請求を受けた通信会社等が、原則として、開示してよいかどうかについて発信者本人の意見を聴かなければならないものと定めています。その意見を聴くために送られてくるのが、意見照会書です。つまり、意見照会書が届いたということは、まだ開示がなされたわけではなく、あなたに言い分を述べる機会が与えられている段階だということです。なお、開示の請求には、通信会社等へ直接申し入れる方法のほかに、裁判所を通じて行なう発信者情報開示命令という手続(令和四年十月から運用が始まった制度です)もありますが、いずれの場合でも、発信者への意見照会はなされるのが原則です。
意見照会書への回答は、法律上の義務ではありません。しかし、だからといって無視してよいということにはなりません。回答をしないまま期限が過ぎると、通信会社等は、発信者から特段の反対がないものとして、自らの判断で開示に応じてしまうことがあるからです。回答の期限は、書面にもよりますが、受け取ってからおおむね二週間程度とされていることが多く、決して長くはありません。届いたら、まずは期限と、問題とされている投稿の内容・URL・日時を確認していただくことが出発点になります。
そのうえで、避けていただきたいことがあります。第一に、慌てて当該の投稿を削除してしまうことです。すでに相手は投稿の内容を把握したうえで請求をしていますので、今になって消しても開示を避けられるわけではなく、かえって不利な事情と受け取られることもあります。第二に、相手方に直接連絡を取り、謝罪したり、逆に反論して挑発したりすることです。こうしたやり取り自体が新たな証拠となり、事態をこじらせることがあります。第三に、内容をよく検討しないまま、安易に「同意する(開示に異議はない)」と回答してしまうことです。氏名・住所が相手に渡れば、その後に損害賠償の請求や、場合によっては刑事の告訴につながることがありますので、回答の前に、その投稿が本当に違法といえるのかを見極める必要があります。逆に、明らかに不利な事案であるにもかかわらず、感情的に「断固として争う」とだけ回答することも、必ずしも得策とはかぎりません。争うべき事案か、早期の解決を図るべき事案かを、冷静に見極めることが大切です。
次に、「身に覚えがない」という場合についても触れておきます。意見照会書は、投稿に用いられた回線の契約者に宛てて送られてきますので、ご家族が投稿した場合や、共用のWi−Fiを通じて他の人が投稿した場合など、契約者ご自身が投稿したのではないケースもあり得ます。もっとも、客観的には、その回線から投稿がなされたこと自体は裏づけられている状態ですので、「自分ではない」ということであれば、その事情を具体的に説明していく必要があります。思い当たることがない場合でも、放置せず、まずは事実関係を確認していただくことが大切です。
そのうえで、取り得る対応を申し上げます。投稿の内容を検討した結果、違法とまではいえない、あるいは反論の余地があると考えられる場合には、その理由を具体的に記したうえで、開示に同意しない旨を回答することになります。たとえば、名誉毀損が問題とされている場面でも、その投稿が公共の利害に関わる事柄について、もっぱら公益を図る目的でなされ、摘示した事実が真実であるとき(あるいは真実と信じるについて相当の理由があるとき)には、違法性がないとされる余地があります(刑法第二百三十条の二が定める考え方で、民事上の賠償責任の有無を判断する際にも同様の枠組みが用いられています)。また、そもそも投稿から特定の個人を指しているとは読み取れない場合や、事実を摘示するものではなく意見・論評の範囲にとどまる場合など、権利侵害が明白とはいえないとして争える余地もあります。他方で、検討の結果、違法性を否定することが難しい事案であれば、開示を争って時間と費用をかけるよりも、早い段階で相手方と示談による解決を図るほうが、結果として負担を抑えられることもあります。意見照会の段階から、相手方と連絡を取り、謝罪や削除、相当な範囲での解決金の支払いによって話し合いで解決できる場合もあります。どちらの方針を採るべきかは、投稿の内容と証拠の状況によって変わってまいります。
氏名・住所が開示された後の流れについても、申し上げておきます。開示を受けた相手方は、多くの場合、まず内容証明郵便などで損害賠償を請求し、示談の交渉を求めてきます。交渉がまとまらなければ、訴訟へと進むことになります。請求される金額には、投稿そのものによる慰謝料に加えて、発信者を特定するために相手方が負担した調査の費用(弁護士費用等)が含められることもあります。なお、こうした損害賠償を請求できる権利には時効があり、相手方が損害および加害者(あなた)を知った時から三年とされていますので(民法第七百二十四条)、開示を受けたからといって、いつまでも請求が続くわけではありません。また、投稿の内容によっては、名誉毀損罪(刑法第二百三十条)や侮辱罪(刑法第二百三十一条)として、刑事の告訴がなされる可能性もあります。このように、意見照会の段階での対応は、その後の民事・刑事の展開にも影響してまいります。
費用や解決までの期間は、開示に同意しないで争うのか、示談による早期解決を図るのか、さらに訴訟にまで至るのかによって大きく変わってまいりますので、一律に申し上げることは難しいのですが、ご相談の際に、想定される流れとあわせてご説明いたします。繰り返しになりますが、意見照会書には回答の期限があり、対応の初動がその後を左右します。軽い気持ちの書き込みであったとしても、匿名だから分からないだろうと考えていたとしても、いざ開示請求を受けると、ご自身で適切に対応することは容易ではありません。「必ず開示を止められます」とうたう業者に依頼してしまう前に――弁護士でない者が報酬を得てこうした交渉や手続を代行することは弁護士法(第七十二条)に触れるおそれがあります――まずはお早めにご相談いただければと思います。